2007/01/02

医療訴訟にみる看護記録の「責任」~その1:正直であるということ

 医療法施行規則において看護記録が備えるべき記録として看護記録が明文化されることとなった。この改正は、診療録開示・情報共有のより一層の推進によるところが大きいと考えられる。ただ昨今、看護記録について大きな問題となっているのは医療事故・医療訴訟における証拠能力としての看護記録の役割である。医療訴訟など裁判は「検証裁判主義」と言われ、過失責任を問う事実の認定があってのことである。その事実の認定には「人的証拠」と「物的証拠」の2種類がある。「人的証拠」とはいわゆる目撃者など実際に目にした人が、「物的証拠」とは診療録や看護記録が該当する。とりわけ、医師に比べて看護師は24時間巡回しているわけで、看護記録の持つ証拠能力は1日に1回しか書かれない診療録に勝るとも劣らないといえる。

 ヘルニアの手術を受けた男児が術中に麻酔薬の過剰投与、及び脈拍の異常があることに気づきながらとるべき処置を医療者がとらず、心停止で死に至らしめた、という医療訴訟があった。この訴訟では、本件の看護記録が手術の際に書かれた看護記録と事実が異なる看護記録であることを看護師が証言したことから、改ざんされた疑いが強いと裁判所が認定された。
 いろんな医療訴訟をみてみると、記録の改ざんについては、医師による強要がほとんどであるといえる。本件もそうだ。結果として、この看護師さんは正直に述べたが、実際は強要されたその場で断る勇気が必要なのだ。ただ、それには意外と勇気がいる。
 ある病院でのことだ。何かしらの事故が起こったのだろうと思われるが、暗に記録の書き換えを指示され、悩んだスタッフがその病院の看護管理者に相談してきたそうだ。普段はおとなしく、静かなその看護管理者は猛然とその指示を出したスタッフのもとへと足を運び、強い姿勢で拒否したそうである。そういった姿勢を見せられると、スタッフは「この人についていこう!」、そう思うもので、事実そうなった。リーダーシップとは危機的状況でこそ発揮されるものと、よく言われることがある。リーダー層の方にこそ、正直に、断固とした姿勢をとってほしい。
 そして、記録は正直に書くということ。記憶に即して書くとしことが大切である。後になってから無理に診療録と整合性を図る必要はない。もし改ざんが発覚すれば、看護記録等記録全体に関する信用性が無くなり、さらには裁判官の心証を悪くすることにつながることとなる。

 記録を書く、残す上で、よく「訴訟で負けない記録の書き方はありますか?」といった声を聴くことがあるが、それは本末転倒なことで、通常の看護を正直に書く、それで十分なのだ。
訴訟のためではなく、患者のために記録は書くのだから。

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