2007/03/25

若い患者と若い医療者のHard Time〜その2:看取りの後

 「出過ぎたまねをしてしまった。チーム医療ではなかったです」

 口をついて出るのは反省と後悔。とある患者の看取りを担当した若い看護師、しかし別に悪いことをしたわけではない。その終末期の患者さんの親族の祝いの席に参加できないことを気の毒に思い、映像とセットにしたメッセージメディアを作り、祝いの席で放映した。終末期ということで、すっかり弱ってしまった体や声を大勢の人の前に見せることに、そのチームでは論議をよんだが、患者さん本人の強い希望もあり、ほぼその看護師の独断に近いカタチで実施された。その後、口をついて出てきたのがその反省と後悔。チーム医療は確かに大切なことだが、身体と精神が刻一刻と変化し続け、回復の見込みのない終末期においては、チームとしての活動よりも個人の咄嗟の判断が重要なこと。結果として、その亡くなられたご本人、そしてご遺族からは感謝されたのだが、今でもその若い看護師にはどこかトラウマのようにして残ってしまっている。私の身の回りだけのことかもしれないが、最近の若者は周囲に気を使いすぎ、自身の思いを言い出せないでいる「調和重視」の人が多いように感じている。ストレス社会の原因はこういうところにもあるのではないかと思ったりする。

 終末期医療においてはその「評価」はとてもわかりにくいが、「ありがとう」の一言がもらえるかどうか、というのは重要な鍵のように思う。そして、チームに限らず同僚からも「ご遺族のみなさんもきっと感謝されていると思うよ。あんなに一生懸命だったんだから」といったおこなってきたケアを肯定するような一声を看取りの直後(2日以内)にでもかけてあげることが大事に思う。そうすることが、感情表出のグリーフケアにもなるのではないだろうか。そして、また数週間の時間をおいてゆっくりと話し合う機会を持てればいいのだが、この若い看護師にはそういった感情表出のグリーフケアや話し合う機会が、無かった。そうして、反省と後悔の言葉は、これからも、どこまでなのか、続けられる。

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